ぶろぐはぶろぐ。

最高のLIFE@フジファブリック×スパルタローカルズYOTSU-UCHI FANTASY Ⅲ行ってきました

一生楽しみにしていたフジファブリックとスパルタの企画「YOTSU-UCHI FANTASY Ⅲ」へ!

スパルタが大好きな友達とLINEでセットリストを予想したり、
過去のライブを思い出したり、
ちょっと早めに行って喫茶店でお茶をしたり。
二人とも化粧は赤の差し色をいれたり、ちょっと可愛いメイクをして。
当たり前って案外当たり前じゃないんだなってふとしたことで考えさせられる。


私は友達にフジファブリックのやる曲を予想して送ったんだけど、こんなことを言っていた。

「四つ打ちってタイトルやから、確実に古い曲を持ってくると思う。
・ダンス2000
・銀河
・TAIFU
・SuferKing
↑絶対このあたりはやってくれそう!

・夜明けのBEAT
↑やる?

・SUPER
電光石火
カンヌ
↑新曲枠でやる?

あとコウセイが虹歌う?」

でも、結果めちゃくちゃ違って、一曲目から(もちろんいい意味で)裏切られた!!!これは対バン(絶対に負けたくない試合)だった!!!と思わされるセトリでした


(以下セトリ)


・STAR
・カンヌの休日
・夜明けのBEAT
・電光石火
・1/365
・LIFE
・バタアシ
・夢ステーション(スパルタcover)
・銀河
若者のすべて


ほぼほぼ志村が死んで以降の曲ばかりで、(めっちゃいい意味で)やられた!って思いました。
最近のライブのセトリとか見ていると古い曲もかなりやってるし、スパルタのファンとかもいるから新しい曲はあんまもってこないっしょだとか、対バンだから勝ちに行きたいから古い曲を持ってくるだろねーとか思っていた自分をマジでベンジー、グレッチで殴って欲しい。




なにかを「信じる」って本当にむずかしい。
それが好きであればあるほどむずかしい。




どんな理由があろうと誰かを信じられないって、それって結局その人たちをなめているというか、うまく言葉にできないんだけれどどんな理由があっても、そんなことものすごく悲しい。
総くんが「(こういった意味のある)対バンだから新しい曲やりたかった」っていった瞬間、自分ってなんて考えが安易でダメなんだろうと泣きそうになってしまった。


あまり普段言葉にしないようにしていたのかもしれないけど、
ずっとフジファブリックが大好きだからこそ
「昔の」フジファブリックが強いだとか、
「昔の」フジファブリックの曲の方がいいとか、
そういう他人の意見に押し流されて、良いものを良いって自信を持って言えなかったり、自分の感性が変わっているのかな?なんて思ったこともあった。

でも、今日のライブを見てやっぱりそんなことは絶対に間違ってるし、自分の信じたものを信じて、未来も過去も背負ってやっていくと決めてくれたフジファブリックの作る大好きな曲たちを信じて、これからもファンでいたいって思ったんだよ。

MCの後に歌った、LIFEは正直、今まで聴いた中でむちゃくちゃ胸に響いたし、あぁ総くんってやっぱり最高のロックスターだなって思いました。

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言葉だけじゃどうもうまく伝えきれないよね。
だから、映像で何かを伝えたいと思ったし、自分が音楽を通して教わったことを伝えて行くような仕事がしたいと思って今日も生きている。
どんな辛い時もフジファブリックの音楽やライブが私を支えてくれたし、(今日だって本当は色々嫌なこともあったけど)それでも帰り道にフジファブリックを聴くと、今日も頑張ろうって思える。

あの時もしもフジファブリックが解散していたら、こんな最高の曲に出会えなかったし、ボーカリストとしての総くんやそれを支えるみんなには出会えてなかった。

何者でもない私にできることは、フジファブリックから教わった「自分の信じた気持ちを絶対信じてあげること」、そして曲を聴き続けることだなって思っています。


終わった後に友達と5億年ぶりにカラオケにいって、
死ぬほど楽しかった。

フジファブリック、スパルタ、銀杏、ナンバガ
スピッツエレカシ、ガガガ・・・・

10年経ってもかっこいいロックスターはロックスターのままだし、
名曲は名曲のまま。
あー、最近音楽なんて全部クソだなって思ってたけど、
「ロックが大好きだ」っていう大切な気持ち、
大切なままでいれて本当によかった。



.

憧れの街が大嫌いになったあの日

憧れの街が大嫌いになったあの日から、
マジクソが死ねよボケと毎日思っている。



「うるさい街に住みたいんです」と不動産屋さんにいったら、今まで何も言わなかった不動産屋さんが急に「映像の仕事を本当にちゃんとやりたいんだったら、穏やかな街に住んだ方がいいです。家で仕事をするんだからなおさらです。」と瞬き一つせずに言われた。
その人は出戻りで中野に戻ってきたと言っていたけど、待ち受け画面がクソほど可愛い赤ちゃんの写真で、私は不動産屋さんの車の中で何も言えなかった。




何年か前にPVの撮影場所を探していて、自転車で夜の東京をかけ巡ったことがある。その時も確か泣いていた。自分の手を抜いた部分や、自分の考えが浅はかった部分を的確に指摘されて、尊敬する人にため息をつかれた。バカな私はそのタイミングで初めて自分のやったことの愚かさや不真面目さに気づき、ママチャリでよくわからないけど中野通りや甲州街道、山手通りとかをロケ場所さがして爆走しまくった。



「(探しているような都合のいい場所)んな場所あるわけねーよ」と半泣きになった時、目の前に急に現れたのが高円寺陸橋だった。

「あっ」と声に出した時のあの景色、今でも覚えてる。

その時誰かにもらった「いいね」は、なんだか東京でも自分を応援してくれてる人がこうやっているんだなって思えてとても嬉しかった。たかだか「いいね」かもしれないが、私にとっては大切な「いいね」だった。


ちなみに結局いいロケ場所は見つからず、いつもの場所であの日の私と同じようなチャリを爆走するシーンを撮った。私はそのカットが今でも大好きだし、いつかヤンキーみたいなチャリで爆裂都市を爆走するシーンを私なりのアレンジで撮りたいとおもった。


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背負っていくべきものがある。それは絶対に忘れちゃいけない。
五年前よりもみんなのおかげで好きな音楽も増えたし、好きな映画も増えた。
今までは人に教えてもらったものを好きになってもそれは意味がないことでは?と思っていたが、
今日友達に「影響を受けて知ったことや吸収したことがあってもいいんじゃない?」と言われて、すっと肩の荷がおりた気がした。



大好きな山内マリコ先生の本「さみしくなったら名前を呼んで」に書いていた言葉と、今日友達に言われた言葉といろんな言葉がぐるぐるして、新幹線の中で放心状態のままブログを書いてる。
でもどうしても今日という日を忘れたくなくて、こうやって文章にしてる。




いつかは全部忘れてしまう。

やってしまった
できなかった
絶対大丈夫だよの呪文を唱えてあげられなかった
自転車で泣いた
楽しかった
辛かった
おもしろかった
怒った
恨んだ
嫌いになった
好きになった


それでも忘れたくないからこうやってブログにかく。
何年後、いや何ヶ月後かの私がちゃんとこの時の気持ちを映像で表現できていますように。



大好きな山内マリコ先生の文章でしめます。




・・・・・・・・・・・・・

あたしはいつになったら自分が思い描く女の子になれるんだろう。
いつになったら完成するんだろう。
それまでに、あとどのくらいの時間がかかるんだろう。

(中略)

気が遠くなりそうな膨大な時間と、無駄打ちだらけの破れかぶれな経験。
そういったものの果てにあたしはちゃんと、
自分で自分に及第点を出せるような人間になれるんだろうか

・・・・・・・・・・・・・

セツナの

今日部屋を掃除してたら、ぷつんと音がして何かがキレて
キチガイのように大声ですべてぶちまけた(一人で)

私は今年30歳になる。
24歳の上京した頃となにか変わったか?と聞かれても、
周りの人のおかげで、業界に片足突っ込めただけで中身は何も変わってない。
5年もやってて進んだ距離はどのくらいだろう。
頑張りなんて見えないもんだから、もしかしたら100メートルは進んでるのかもしれないし、一ミリも進めてないかもしれない。

でもそんなのどうでもよくって、今の私に一番大切なのは
「自分が自慢できる自分か」ってことだけだ。

1つ言えるのは、そんな自分に未だ1度たりともなれたことがない。
「29年 秒数」でぐぐったら、


経過日数 10,850日
経過時間 260,404時間
経過分 15,624,264分
経過秒 937,455,840秒
<メッセージ>
10億秒まであと少し、張り切って生きよう!


とでてきた。
10億秒の間に何回息して、泣いて笑ってんのか。
何秒ネガティブな思考で時間を無駄にしてきて、何秒褒めれる自分でいたのか。(無駄な時間なんてものは絶対ないって信じてるけど)




大切なのは、
「誰か」が自慢してくれる「私」じゃなくて、
「私」が自慢できる「私」になりたい。






一週間前サニーデイ・サービスの「セツナ」を聞いた時に、あのステージにいた人たちはみんなその瞬間を生きていて、あのステージに立ってる人も見ている人も含めて全員死ぬと思った。でも死ななかった。

私は今死んでいいのか?今死んだら、地縛霊にでもなってこの世を彷徨うただのカスみたいなやつにしかなれない。
そんなの絶対にいやだ。



セツナを大切にできてるか。
「過去」や「未来」っていうよくわからないものとか変えられないものばかりに目を向けて、今自慢できる自分でなれているのか、
なれてねえええええええええええええええええええ

と思って、トイレ掃除をしながら叫んだ。


だからって全部を捨てるんじゃない。
お世話になった人から嫌いな奴、好きな人、過去現在全部背負って、
眠ることのない魂を燃やし続ける。


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29歳のクリスマスイブに思ったこと

映像が好きなのに見たことない映画だらけだった。
音楽が好きなのに聞いたことない音楽だらけだった。


「なんで好きなら、これ見てないの?」って言われることが怖くて、
知ったかを繰り返したこともたくさんあった。好きなものの話になった時、だまってしまう癖がついた。

今ではなんでも簡単にうんうん言いながら手元のスマホでググれるけど、こんなことじゃ意味がないってわかってる。歴史を知って、ルーツを知って。知識量が多いやつが賢いの?と思ったこともある。でもいつもでる結論は、今の自分を構成してくれたのは間違い無く、映像だし音楽だし漫画だし写真だしアニメだし、世の中に「名作」として残るものはやはり人々の記憶に残るなにか爪痕がそこにあった。
人の心を震わせたり人生を変えたり、励ましたり落ち込ませたり共感させたりキレさせたり、そんな風に自分が作ったものが誰かの人生に影響を与える人ってかっこいいし憧れてた。
自分もそうなりたかった。




特に自分が大きく変わるきっかけを与えてくれたのが志村だった。
フジファブリックの曲を聴いてると、どんな曲を聴いてる時よりも自分らしくいれたし、無理に強がったり愛想笑ったり、泣くことを我慢したり、人に気を使いすぎたりしなくていいんだと思えた。EMIの時のフジファブリックのPVはどれも最高にかっこよかったし、全然曲に関係なくて、なのになんでか心の中にスッと曲が入ってくる、こんな音楽を作れるバンドは映像の監督は天才かと思った。
こんな映像を撮らせる曲を作る志村が好きだったし、こんなに全部の音がドキドキする演奏をするメンバーが好きだったし、こんな映像を撮ってるスミスさんに憧れた。


奥田民生ソニックユースビートルズ、全部食わず嫌いでなんだか聞きにくいと思っていた音楽を聞く気持ちが変わった。始まりはミーハー心で志村やメンバーの影響を受けて、雑誌やラジオで言ってたCDをたくさん買った。洋楽なんてバンドをやる人が聞くものだと思ってた気持ちが一気に変わった。自分はこういう音を聞くと、 好きなんだ苦手だエロい気持ちになる怒る殴りたくなる心がざわざわする嫉妬する好きな人を思い浮かぶ嫌いな奴を殺したくなるっていうのが明確になったし、なによりもそれを聞いてからフジファブリックの曲を聴くと、今まで聞いてた音と違う音が突然聞こえてきて何十回も聞いたしより、好きになったり苦手な曲が好きになったりすきな曲やアルバムが変わったりした。



29歳になった今、そんな大切ななにかを全部どこかに置いてきてたことに気づいた。
誰かに怒られたりコンペがダメだったり失敗すれば、とにかくとへこんだ。好きなはずの音楽や映像をあの頃のように調べたり見聞きすることも苦痛というか見聞きしたものの悪口ばかりいってしまうこともあった。
でも、じゃあそうやって好きなものをどんどん嫌いになるくらい、自分をダメにするくらい、落ち込んだら、それでいいものができるのかな…


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志村へ
志村が死んだ29歳に今年私はなりました。
29までには映像の世界で爪痕残したいって結構本気で思ってたんですよ、私。
でも今んとこ無理でした。

志村に対しては憧ればっかりだったけど、今日久々にCHRONICLE聞いたら初めて嫉妬しました。こんな最高のアルバムや曲を作っても、いつまでも過去のこういう女々しいことやだめだった頃のことばっか言っちゃって、うまくいかないとか歌詞書いて。いやいや十分めちゃくちゃすごいです、憧れだし尊敬してます。私なんて年下に舐められて、負けてばっかりですよ。今日だっていいものを作ったつもりだったけど、ダメでした。もう29歳なのに。いつまでも追いつけないままです。

どうしたら追いつけるか考えても答えはでません。諦めずにとにかくがむしゃらに走り続けてればいいのかな?今まではそう思ってたんですけど、今日なんかそれが正解じゃないんじゃないかってちょっと思いました。(まだ答えはわからないですが)
だって29歳だし女ですよ?色々焦ります。ちゃんとしたいんです。でも志村の曲を聴いてたら、それだけじゃないよなって、思いました。

自分の好きなものや信じた気持ちを信じ続けること。
自分の作品に自信を持つこと。
コンペに落ちても、もし頑張ったならばしっかりと自分や周りを労ってあげること。
家族や周りには迷惑かけてごめん!としっかり謝ること。
たまには弱い自分を肯定すること。
でも肯定してばっかりで甘えないこと。
流行りに惑わされすぎず、名作をしっかりとみ続けて聞き続けること。


まだまだやらなきゃいけないことたくさんあるから、これからも自分を信じて頑張ります。またCDで会いましょう。

世の中駄々こねたもん勝ちだなんて絶対におかしい

世の中暴れたもん勝ちだなんて絶対におかしい

世の中殺したもん勝ちだなんて絶対におかしい

世の中いじめたもん勝ちだなんて絶対におかしい

世の中爆弾投げたもん勝ちだなんて絶対におかしい

世の中挑発した方が勝ちだなんて絶対おかしい

世の中血を流した方が勝ちだなんて絶対おかしい

世の中泣いた方が勝ちだなんて絶対おかしい

世の中結婚してる方が得だなんて絶対おかしい

世の中独身の方が自分の時間が多いだなんて絶対おかしい

世の中金持ちの方が幸せだなんて絶対におかしい

世の中少し美人な方が幸せになれるなんて絶対おかしい

世の中祈ったもんだけが幸せになれるなんて絶対おかしい

世の中金持ちの方が長生きできるなんて絶対おかしい

世の中少しコミュニケーション能力が高い方が
評価されるなんて絶対におかしい

世の中八宝菜のうずらの卵を
先に食べたもん勝ちだなんて絶対におかしい

世の中自分が先に目をつけていたものを
少し自分より有名な人が公表した方が褒められるなんて絶対におかしい

世の中クラスで少し上位のカーストだからって
人を見下すなんて絶対におかしい

世の中自分が少しなにかが得意だからって
そんな少しのことで自慢げになるなんて絶対におかしい

世の中少しだけ可愛い方がたくさん人に
話しを聞いてもらえるだなんて絶対おかしい

世の中ブスは面白くなきゃみたいなの絶対おかしい

世の中少しだけかっこいい人が人に優しくされるなんて絶対おかしい

世の中やったもん勝ちだなんて絶対おかしい

世の中右利きの方が生きやすいとか絶対おかしい

世の中女の方がとか男の方がとか生きやすいなんて絶対おかしい

世の中都会の方がライブが多いなんて絶対おかしい

世の中悲しい思いをするなら逃げた方がいいなんて絶対おかしい

世の中辛くて耐えきれないなら死ぬなんて絶対おかしい

世の中辛くて耐えきれないなら実家帰れなんて絶対おかしい

世の中傷つきやすい方がバカだみたいなの絶対おかしい

世の中真面目なやつが損するなんて絶対おかしい




世の中間違いだらけで、本当に死ね
損とか得とかは上手とか下手とか関係なく、
幸せは誰にでも与えられる平等な機会なはずなのに。

本当にたまに死にたくなる

本当にたまに死にたくなる
死にたくなるくらい悲しいことがあったとかそういうのではなくて、
楽しそうな人を僻んだり
自分の才能のなさを感じたり
高校時代より10キロくらい太ったことだったり
ツイッター上で起こっているドロドロとした人間の汚い部分をみたり
そういうことを感じた日には、自分なんて消えてしまいたいと未だに思う。


28年間生きてきて、私は何年経っても変わっていない。
こういうネガティヴなことをかくと、
そんなこと言っちゃダメだとか、大丈夫だよ。とか言ってもらえるけど、そういうのが欲しいんじゃない。

昔読んだ本で、「人間は生まれた時から絶望が始まってる」と書いていたけど、本当にそうだなって思う。
私は常にどん底だし、常にブスだ。
常にもがいてるし、常に悲しい。
だから、たまに家族や友人と楽しい話をしたらものすごく幸せ感じるし、少しお酒に酔っ払っただけで幸せだなぁと思える。

多分幸せなやつらにはわかんないっしょ。こんな幸せ。

朝方まで寝られなくて、ベランダに出た時、
風がなんだか春の匂いがして私はこれからどうなるのかな。と生暖かい風にあたりながら考えた。

ゆるがない幸せがただ欲しいってくるりの春風は本当に的確なことを教えくれたなと思った。


今週も税金の電話を無視した。
これから私の人生どうなるんだろう。
編集はうまくなるのかな?
また才能ないって言われんのか。
仕事またもらえるかなぁ。
痩せられるかな。
人の楽しいを楽しめる人間になれるのかな。
誰かを幸せにしてあげれるかな?
誰かに幸せにしてもらえるかな。
世あたり上手に勝てるかな。
自分は世あたり上手にはなってないかな。

幸せになれるかな。
誰かのぶんまで生きれるかな。


いつもこんな時に音楽をきく。
フジファブリックくるり、呪いは水色。
で、今日も結局落ち着くんだ。
死んじゃダメだから、もっと生きたいって。


今日も音楽に助けてもらいました。
ありがとう。おやすみ。

劣等感

人生においてモテた経験がない。
それが私にとってものすごく劣等感を感じるポイントだ。

何億回もかいてると思うけど、こんなブログ読んでる人がいないって思うから今日くらい自由に書かせて欲しい。


まず目が悪い。
外ではコンタクトだけど、家の中ではメガネ。
小学校1年生の頃からメガネをかけてる。ずっとメガネをかけてることをバカにされてきたし、目が悪いことがコンプレックスだ。
小学校3年生くらいになると大体お姉ちゃんがいる子から順におしゃれになってくる。
かわいい髪型をしたり、お姉ちゃんのお下がりの服を着たりする。
私はずっとドッチボールが好きだったし、メガネをかけていた。
髪型にもこだわりがなかった。
自分でも消したい過去なくらい髪だってボサボサだし、不細工な小3の自分。
そんな子が女子の友達もできるわけないし、嫌われてたって当然だなって思う。


小学校3年生といえば、初めて好きな人ができた年だなって思う。
耳をすませば」のセイジくんみたいに、バイオリンを弾ける男の子のことが好きだったな。
でもその子は私より背も低くて、顔もすごく綺麗でたかだか小3だったけど
「こんな子が私なんかのことをすきになってくれるわけもないな」と思ってた。


もうこの頃から、私は自分に対して劣等感を抱いていたなぁ。


今でも昔の写真を見ると死にたくなるし、
結婚式のために写真を送ってくれと言われても当時の写真は見直したくない。
別に今がかわいいとも思ってないけど、あの頃が一番不細工だった。
そしてそのメガネで今もブログをかいてる。
死にたい。




「美意識」を持つようになったのはいつからだろう。
中学校の時は剣道に必死だったし、生徒会に必死だった。
こんな私でも初めて彼氏ができたりしたけど、どうしてもネガティブなことしか感じられなかったし、
「私なんかのことを好き」
って思ってくれる感情が理解できなかった。



どう理解できないかっていうと公共の場では書きにくいことまで思ったし、
何よりも私が好きな男の子を思ってるように、私のことを男の子が思ってくれてるなんて理解ができない。

こどものおもちゃのさなちゃんや羽山のように美男美女じゃないと恋なんて成立しない、
さくらちゃんとシャオラン君のように、「運命」の中で出会わないと恋なんて成立しないと思ってた。




中学3年生の受験時期に初めて男の子とキスした。
キスしていいか聞かれた時に、正直嫌だったけどいやだって言ったらその人と別れることになるんじゃないかと思って「いやだ」っていえなかった。

今考えてもすごくその子のこと好きだったけどなんで嫌だったかわからない。
女の子にキスされるのは嫌じゃなかったけど、どうしても男とキスする自分が理解できなかた。


私メガネかけて、めっちゃ目悪いからすごい目も小さく見えるメガネやし
髪もボサボサやしそんな私やったらキスしてくれへんやろ?
って思ってたのかな。今でも理解できないし、
あれから10年以上経ってるけど、いまでもあの状況になったらキスできなかったって思う。






人並み程度に、なんだら人並み以上に付き合った経験はあるのかもしれない。
平均ってなに?ルル子のように普通ってなに?

でも28歳になるのにいまでも自分に自信がない。
どうせこういうことを書いたら、「ナルシスト」とか言われるんやろな。
あ、でもナルシストって言われるほど私のブログなんか読んでくれてる人いなかった。
悲しい。






でも、実はわかってる。
大切なのは「顔」だけじゃない
信じる気持ちだったり、自分のいいところ活かすところだったり、
大切なのは「中身」だってこと。




でも私はそれに追いついてない。
それが悔しいし、それが悲しい。






劣等感がぬぐえない。
でもいつもそんな私を支えてくれるのは音楽だった。

ゴイステやガガガ、ミドリ、フジファブリック
いまだと天才バンドだったり、
その音楽を聴いてると素直にたくさん泣けて
こんな不細工な私でも人のことを好きでいていいんじゃないかな?って思えた。



私は音楽を作らない人間だけど、
音楽を作る人ってこの歌詞を誰かに落とし込んで書いてるんですか?
羨ましいです。

私の映像もそんな風に思われたいな。




大好きなMV



もっとああすればよかったこうすればよかったって思う。
でも大好きな自分で撮ったMV


たくさんの人に見て欲しい
この世界で生きていきたい